研究紹介

経済システムの変化を考慮したライフサイクルアセスメント手法の開発

 従来のライフサイクルアセスメント(LCA)の方法論は、すでにある製品やプロジェクトによってどれだけの環境負荷が発生したか(Attributional LCA)という観点から構築されている。これに対し、対象が引き起こす経済システムの変化を考慮した予測型の分析方法はConsequential LCAと呼ばれ、近年研究の盛んな分野である。しかし、この方法は詳細な現状分析に基づくシナリオ設定が不可欠であり、LCAに関する専門的知識を必要とする。そこでそれらを必要としない、汎用性のあるConsequential LCA手法を開発することにより、その応用範囲は大きく広がることが期待される。そこで本研究では、ある活動が引き起こす経済システムの変化に関するモデルシミュレーションの結果をLCAの手法と結び付けることにより、一般的なLCAソフトと同様の操作性と汎用性で分析を可能にするConsequential LCA手法を開発する。

水資源消費に関わる新たな評価指標の開発とそれを用いた農業生産の評価

 持続可能性の観点から資源を研究する際には、フローベースの考え方が重要となる。特に水資源の場合は、以下の3つの理由によりフローベースによる評価が重要である。
 第一に、供給速度を人間がコントロールすることが困難である。水資源の供給は原則として降水やその後の河川水によってもたらされ、部分的な貯蔵は行われるものの、その長期的な供給速度は降水に依存している。第二に、経済的に輸送が困難である。付加価値の高い飲料水を除けば水の価格は重量に対して低く、相対的に輸送コストが高い。つまり他の資源のように経済システムの中で輸送することは難しいため、基本的に水はその場で消費することが前提となる。従って地域的な水資源のムラによる過不足を解決することが難しい。第三の特殊性は、それが絶えず再生されている点にある。地球上の淡水の大部分は降水→海への流入→蒸発というサイクルで循環している。従って、水資源を利用できる量は、総量ではなく、どれだけの流量が確保できるかという、ある地域や時点での供給速度に大きく依存する。
 フローの考え方による水資源の指標としてはウォーターフットプリント(WF)が広く用いられている。フットプリントという言葉はエコロジカルフットプリント(EF)の援用であるが、EFが各種活動を面積に換算した持続可能性指標であるのに対し、WFは水量ベースでの評価にとどまっているケースが多く見られる。また、一般的なWFでは年間や月間の降水量と水利用量で評価が行われ、これらは一見フローベースの評価であるが、結果が棒グラフで表され、しかも評価する時間単位の取り方によって需給バランスの結果が大きく変わってしまう可能性がある。これはこれらが本質的なフローベースでの評価にはなっていないことを示している。
 水資源の利用可能量に対する利用量を本質的なフローベースで評価することが可能であれば、その結果は折れ線グラフで表すことが可能なはずである。これまでそれが困難であったのは、本質的な利用量のフローを定義することが難しかったためと考えられる。例えばある日の午後4時から1時間の灌水を行った場合、実際に水を消費したのはこの時間帯であるが、灌水は必ずしもこの時間帯である必然性はなく、他の時間帯あるいは場合によっては何日か後でも構わないということが考えられる。我々はこの点に着目し、ある水利用に対してそれを支障なく遅らせることのできる期間を「猶予期間」と定義した。そして、水利用が猶予期間内にわたって平均的に行われると想定した場合の水のフローを、仮想的ながら本質的な水利用のフローと定義した。
 こうして求められるフローを、降水や河川などその地域で得られる水資源のフローに対して評価することで、地域的(その場所で)、時間的(その時点で)なばらつきを考慮した、水資源消費の負荷の大きさを表すことが可能になる。しかし、それだけでは異なる地域の水利用を積算してより大きな地域全体での評価を積み上げることができない。そこでEFと同様の発想で水利用を面積に換算することにより、国全体あるいは地球全体といったマクロな環境容量と比較することの可能な指標を開発した。このアイデア自体は新しいものではないが、猶予期間の概念を用いてこれを連続的に評価することを可能にした点が本研究の新規性である。具体的にはある領域(一般的には河川流域)を取り、領域全体で得られる水フローに対する水利用の割合を領域面積にかけることにより、フローとしての水利用を面積に換算した。これは雨が降っている時に桶を置くことを想像するとイメージしやすい。桶にたまっていく水のスピードはその面積に比例することから、ある水フローを得るために必要な桶の面積を定めることができ、また水利用フローが変動すれば面積を変動させればよい。この面積を微分型ウォーターフットプリント(DWF: Differential Water Footprint) と呼び、水資源消費の新しい指標として定義した。
 DWFはフローに対応する量だが、これに時間を乗じることでストックとしての水量を評価することも可能である。本研究で想定する仮想的な水利用のフローは猶予期間にわたって発生するため、ある水利用のDWFに猶予期間を乗じることにより、利用した水量に相当する負荷を表すことができる。これを積分型ウォーターフットプリント(IWF: Integral Water Footprint)と定義した。この値は当然ながら面積×時間の次元を持つが、これは上述の桶で言えばある時間置いておくことによりある量の水がたまることからも理解することができる。これらのようなフロー⇔面積、ストック⇔面積×時間という対応関係は農業生産など幅広い状況で適応することができる。これは我々人類が地表という2次元平面に近い空間で活動していることから来ている。
 今回開発したこれら2つの指標を用いて、本研究では農業生産における水利用の水資源に対する負荷について評価を試みる。